得意先に行くのに何度か通っている道を逆方向から歩いて京都駅へ・・・と、ビルの谷間に何やら鳥居らしきものが?
近づいてみると案外古そうな石の鳥居です。
鳥居の柱には文政13年と刻んでありますが、帰ってから調べてみましたが地図に載っていませんね。
お稲荷さんでしたが、由緒書きがどこにもありません。もしかしたらこのビルを建てる前にあった屋敷の庭に祀られていたお稲荷さんかもしれませんが、鳥居がけっこう大きいのではたして・・・?
狛狐さんも古そうです。
小さいけどしっかりした彫りもんですね。
おっと、こそっと切支丹灯篭もありました。
コメント
綺麗なお稲荷さんと、美狐さんたちですね。
今日は職場から2分のところに神社を発見しました。ブログにアップしました。
http://tacci-junm.blogspot.com/
投稿: Jun | 2009.04.30 00:11
狛犬は凛々しく
狛狐は美々しく
狛牛はのんびりと~でしょうか・・・
ブログ、今回はすんなりとカキコ
できましたわ・・・のはず?
しかし、英語併記、かっこよろしいなぁ~
投稿: 路爺 | 2009.04.30 07:23
屋敷内に お稲荷さんというのは
思うに 近代になってからだと思うんですが
文政時代の鳥居
これを動かすだけでも 大変ですよね
謎ですよね・・
投稿: まだまだ | 2009.05.01 19:37
いや 違いましたわ 調べてみたら
下屋敷内に祀られていたのがありましたわ
そうなると 武家屋敷跡・・・・
投稿: まだまだ | 2009.05.01 19:46
場所柄的に武家屋敷?
地図をよく見たら左のビル、オムロン本社ビルせすわ。
ほんで写真を再度見直したら。どうもオムロンの敷地内?
これだけ条件が揃ったら一発でヒット!!と思ったら全くなし?
真相や、いかに???
投稿: 路爺 | 2009.05.01 21:52
オムロンといえば旧立石電機の創業地である御室。
その御室に立石電機の工場が建つ前は映画の撮影所だったらしい。
http://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/makino/aruke/aruke6.html
で、洛西に残る映画撮影所といえば太秦ですが、
太秦には映画人ゆかりの三吉稲荷神社ってのがあるそうな。
http://www.e-kyoto.net/topics/movie/index2.htm
ひょっとして、そのへんとも関係あったりすると面白いですね。
投稿: kamonegi@ | 2009.05.02 09:31
かもさん、その関連かと私も思いましたわ。
同様な例としてワコール本社前に鎮座する和江神社。
http://www.kamimoude.org/jinjya/kyoto-city/minami/mi-wako/index.html
でもそれだったら由緒がね・・・きっちり書かれていても
よさそうなんですが?
投稿: 路爺 | 2009.05.02 10:45
とある村はずれの森や野原を、企業家が買い取り拓いて工場おっ立てることになるト
すると村民は古老をたて進み出て、その杜のヌシの狐さん祀らにゃバチあたりまっせと物申す。
施主は一計を案じて敷地内に鎮守のお社を建立することを村民に約束し、
あわせて村社にも大口寄進などして近隣対策費を撒き人々をも鎮めるト。
やがて世は流れ時を経て工場を移転する時が来ると、
よもや一度祀った宮を放擲するわけにもいかず、併せてうやうやしく遷宮
かくしてお社は現代に至るもその由縁は社史の片隅で口伝にのみ残るト。
毎度のこって、フとこんな妄想ストーリーをふくらませておりましたが
武家屋敷説のほうが京都らしくて数段エエ感じですな。
投稿: kamonegi@ | 2009.05.02 12:29
大阪西長堀に元土佐藩邸内にあったお稲荷さんが
今も残ってますね。。。名前はずばり土佐稲荷神社。
そうそう、伊丹の鴻池にも、鴻池家の屋敷内にあった
お稲荷さんが残ってましたね。
投稿: 路爺 | 2009.05.02 22:48
そうですよね 土佐稲荷神社が 屋敷跡ですよね・
かもさんの仮説 おもろい
でも 文政の鳥居がどう解釈したら・・・
移設するのは無理なような・・
投稿: まだまだ」 | 2009.05.04 22:52
京都の大小中の神社をくまなく掲載している
サイトにも載ってませんわ?
こんなメジャーな場所なのに、神社マニアが
アップしないというのはなんででしょうかね?
投稿: 路爺 | 2009.05.04 23:03