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2010.11.12

バス輪行・西脇の巻<3>商業区・路地定番~小物編

東の産業区、西の産業区の間に杉原川という加古川の大きな支流が流れていて、この両側に商店が点在する路地天国が展開すると思っていたわけですが・・・まず、定番・古路箱発見!!社の元と全く違うタイプですが・・・もしかしたらこの上下に出し入れ口のあるタイプって初見かもしれませんわ!

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これも大阪文化圏の証(ちょっと大げさ)の玄関お断り札!!

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許可札・・かろうじて料理屋と読めますね。兵庫県内でよくみる横型です。

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この割烹旅館の玄関に貼ってありましたが、なんか営業している雰囲気ではありません?

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コメント

かさや、どうだろう?
検索すると出てくるけど。
昔のビジネスホテルみたいなものやったけど、今は割烹で生き延びてる?
同僚が近所に住んでるから聞いてみようか?

投稿: Jun | 2010.11.13 00:24

ビジネスホテル???
あの構えで?
割烹旅館って場所でもなく・・・

投稿: 路爺 | 2010.11.13 01:08

30年以上前は「内陸の商都」って呼ばれたんやて、西脇市。
だから、西脇市の60代70代の女の人は、四国や九州出身の人が多くて、みんな集団就職で織物業や染色業の工場で働いて、そこで地元の男性と結婚して住み着いた人が多い。
(だから、龍馬伝の袴を作ったのも、西脇市に土佐出身者が多くて、あながち無関係じゃないのですよ)
商都だったので、大阪から布買い付けの商社マンとかがやって来て、当時は高速道路なんてなかったから、山陽本線から加古川線で、または福知山線から谷川線経由で、えっちらおっちらはるばる一日がかりで商談に来たわけ。
そう言う商社の人たちが宿泊したのが、「かさや」とかの旅館だったのです。
(まだ数軒、この手の古い旅館があります。営業してますよ。)

投稿: Jun | 2010.11.13 09:14

30年前・・・わし二十歳やん
四国の・・・なるほど!!
ほー商人宿が、まだ残ってますか!?
ええやろなぁ~一泊して西脇の写真を撮るってプラン!!
日帰りでは、バスでも、電車でも遠いもんな~

投稿: 路爺 | 2010.11.13 16:44

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