リレー徘徊51:路上芸術in宝塚〜キャラ作品
宝塚における路上芸術の最終回・・・になる予定。まだ見つかる可能性があるもんなぁ〜ほんと路上芸術品群をオオヤケの方々歴代誰も管理してませんからね。一体、これらにどれだけの血税が注ぎ込まれた事か!市民の文化的な財産であると我々も自覚せんとあかんやんとも思いましたね。最終回(予定)は、お馴染みのキャラクター像を網羅しました。願わくば、境港の水木しげる氏のキャラ像のように手塚治虫氏のキャラ像を市中に林立させて欲しいもんですなぁ〜
宝塚における路上芸術の最終回・・・になる予定。まだ見つかる可能性があるもんなぁ〜ほんと路上芸術品群をオオヤケの方々歴代誰も管理してませんからね。一体、これらにどれだけの血税が注ぎ込まれた事か!市民の文化的な財産であると我々も自覚せんとあかんやんとも思いましたね。最終回(予定)は、お馴染みのキャラクター像を網羅しました。願わくば、境港の水木しげる氏のキャラ像のように手塚治虫氏のキャラ像を市中に林立させて欲しいもんですなぁ〜
鳥居すぐの玉垣に「日本捻廻株式会社・田口儀之助」とあったので検索・・・一発で出ました。ドライバーを製造販売する創業100年を迎ええた「ベッセル株式会社」の創業時の社名と創業者名でした。社名の「捻廻」って、捻り廻すってことで「ねじ回し」のことを漢字で書くとこうなるのかな?子どもの頃は、ドライバーと言わずにねじ回しと言ってましたよね〜♪
場所的にはJR放出駅前の川を渡って南すぐ、鳥居前を左遷途中の菅原道真公が道明寺へ向かった故に「左遷道」と言われた旧道。湿地帯の河内を横切ったゆえか、道路の左右が盛り上がり高低差がわずかに作ってありますね。
当然ながら菅原道真公ゆかりの腰掛け石が〜って、よほど疲れてはったんでしょうね、この手の腰掛けの石って、あっちこっちにありますね。
「明治二年五月官軍攻五稜郭此其所用巨砲之一也」〜へぇー日清日露と違って、官軍が五稜郭攻めた時の砲やったんですね。でも、なんでココにあるねんやろか?
再び砲を見たら「FRIED. KRUPP ESSEN A/R. No.2」ってラベルが貼ってあります。調べたらドイツのクルップ社という武器等を作っていた重工業の会社。日露戦争でも使われていたとか。
そうするとこの小さな砲、官軍から陸軍に回ってロシアとの戦争で使われていたということなんでしょうかね?
境内を見回したらありました日露戦争の戦勝記念碑。この短い砲身だと日露亜戦争でさほど役に立ってとは思えないですね。前に放出の駅前・阿遅速雄神社の奉納石柱を見ていたら以前の放出は、そうとう賑やかで活気のある町やったような気がします。日露戦争に勝った頃、さぞや大騒ぎになったんでしょうね。今は、なんでここにコレがあるのか?なんて路地徘徊愛好家しか目を向けないでしょうね。
宝塚の具象彫像パート2です。コラム記事を書く為に半年間、宝塚市内や大阪市内の野外作品を観ていると段々とちょっとずつ作品から「作者の意図」が自分なりに解釈できてくるんやなぁ〜と今回の具象作品パート2を編集しながら思いましたね。なんでやろ?と考えながら数を観るのが彫像作品への理解する道なんかもしれませんね。
今回から具象作品ですが、ほぼ女性モチーフばっかで、初回は、ワンコ像1体、創業者像1体に裸体1体、そして鳩を抱く女神?1体という陣容で紹介します。抽象作品は説明がないと頭グルグルで、具象作品は好き嫌いの個人個人の感じ方で判断する、そうやって考えると具象作品の短文紹介って案外難しいのかもしれないなぁ〜と今回思ったのと、まとめるにあたってのテーマみたいなのが具象作品は見えてこなかったりします。そんな中で小林十三像の目力って凄いなぁ〜ってね。
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