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2017.03.14

【大阪】放出・諏訪神社の大砲

場所的にはJR放出駅前の川を渡って南すぐ、鳥居前を左遷途中の菅原道真公が道明寺へ向かった故に「左遷道」と言われた旧道。湿地帯の河内を横切ったゆえか、道路の左右が盛り上がり高低差がわずかに作ってありますね。

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当然ながら菅原道真公ゆかりの腰掛け石が〜って、よほど疲れてはったんでしょうね、この手の腰掛けの石って、あっちこっちにありますね。

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で、本殿前の狛犬さんを拝もうとしたら、あら錆びた大砲と砲弾が?!

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砲弾は良く見かける艦載砲のやつでしょうね。日清か、日露の戦勝記念の奉納品ですね。

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こんな小さな砲を持ち歩いたんかいなぁ〜と前を見たら・・・
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「明治二年五月官軍攻五稜郭此其所用巨砲之一也」〜へぇー日清日露と違って、官軍が五稜郭攻めた時の砲やったんですね。でも、なんでココにあるねんやろか?

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再び砲を見たら「FRIED. KRUPP ESSEN A/R. No.2」ってラベルが貼ってあります。調べたらドイツのクルップ社という武器等を作っていた重工業の会社。日露戦争でも使われていたとか。

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そうするとこの小さな砲、官軍から陸軍に回ってロシアとの戦争で使われていたということなんでしょうかね?

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境内を見回したらありました日露戦争の戦勝記念碑。この短い砲身だと日露亜戦争でさほど役に立ってとは思えないですね。前に放出の駅前・阿遅速雄神社の奉納石柱を見ていたら以前の放出は、そうとう賑やかで活気のある町やったような気がします。日露戦争に勝った頃、さぞや大騒ぎになったんでしょうね。今は、なんでここにコレがあるのか?なんて路地徘徊愛好家しか目を向けないでしょうね。

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コメント

腰掛け石、日本国中にありますね。
道真さんも疲れやすかったんでしょう。
お公家さんは歩かないから。

うちの町内には「あまんじゃこの腰掛け石」があります。
本物は昭和初期に行方不明になって、現在展示されているのは「よく似たばったもん」です。
って、あんな巨大な物が行方不明になるかな?

投稿: Jun | 2017.03.18 14:47

腰掛け石が行方不明って!?
けっこうな大きさでしょう?
どこぞの石垣にはめ込まれたりして~(^^;
奈良には、聖徳太子腰掛けの石って
畳一枚くらいの大きな石がありましたが
どこぞにあったものをわざわざ
境内に運び込んだんやろか~?
と思いましたね~?

投稿: 路爺 | 2017.03.19 08:58

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