【兵庫県・高砂】10:街の風景の考察
高砂の街をぐるっと回って来ましたが・・・
高砂神社門前町の空気感がない?
参拝者が泊まったであろう
旅籠的な町屋がないんですよ?
北前船の寄港地のイメージは一角のみで
木材の集積地みたいで
じゃあ、戦前戦後の昭和の香りは・・・
商店街の周りは、戦後の空気感ありありで~
商店街の周辺街中には
戦前を匂わすような・・・
建物がちらほら、ほんとちらほらしかなく
街の規模を思うともっとあってもと
この建物は
現在でも商工会議所として
使われてるようで
街中にあった洋館です。
今は、魚町倶楽部と表札がかかってました。
ありました玄関お断り札~♪!!
材質はアルミ板、書体から推論すると戦後かな?
大阪市内の港湾地区とか
尼崎、堺でよくあった札ですが
なんか時代風景の残留が点描的で、空きが多すぎますね、高砂って・・・???
堀川に残る材木の荷上場?
建物の感じから見て戦後すぐくらい?
昭和30年ころかな?
今は使われていない感じですね。
写っている橋の先には・・・
レンガ造りの大きな工場があります。
なんの工場なんやろか?
このあたりが、毎度のぶっつけ本番徘徊で・・・(^^;;;
観光マップを見たら
ああ、そうなんや・・・三菱製紙の高砂工場!!
材木の荷揚げは、建材でなくパルプ材やったのね
この工場が、街の暮らしの風景に影響を
与えたんでしょうね~なんて思いつつ、駅へ向かっていると
妙に広大の空き地が・・・なんやねんと近寄ったら
ああ、碑文を呼んで納得!!
江戸からの街をゆるりと壊し
昭和の街を衰退させたのは・・・この会社やったのね。
残っていたら凄い産業遺産になったのになぁ~
| 固定リンク
コメント
埋め立てて工場が色々できてましたからね。
幼稚園の時に潮干狩りに行った別府(べふ)の海岸も消えてしまったし。
投稿: Jun | 2018.09.04 22:28
へんに江戸時代に栄えたまちだからでしょうか?
同じ様な発展経過した網干の町は、そんな違和感がなかったです。
投稿: 路爺 | 2018.09.05 13:07