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2020.03.15

【木津川】京田辺編7:月読神社(大住池平)〜1

江戸末期迄大きな神宮寺があったそうな〜♪

こんもりした杜が月読神社、神宮寺はこの神社の右側にあったそうで
現在は、小学校になっていました。
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鎮守の杜に覆われた神社で・・・
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歴史ある式内社で、同名の神社が京都嵐山近所の
松尾大社の摂社でありますね。
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同じ説明が市のサイトにがあり、次の様な書かれてます。
『神宮寺として、宝生山福養寺が明治の初めごろまで存在し、
奥ノ坊、新坊、中ノ坊、西ノ坊、北ノ坊、東ノ坊の六坊が備わっていたが、
すべて廃寺となっている』〜神宮寺の痕跡はあるか???

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神宮寺の名残りなのかな?鳥居をくぐると一段下がります?
これって、お寺を囲んでいた土塁の跡かな?
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もう一度、鳥居へ・・・大きな鳥居を見るに
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弘化二年?神司って神官のことですね。
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土台の部分に「社坊 奥ノ坊 北ノ坊」とあります!
これ、神宮寺の痕跡かもね!!・・・あ、反対側も見とけばよかった!
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コメント

廃仏毀釈の犠牲になったお寺さんでしょうか。
月読さんは地味な神様ですが、天照の弟(男神と考えられているけど実際の性別は不明らしいです)なので位は高いですね。

投稿: Jun | 2020.03.16 22:43

廃仏毀釈の影響もあったかと思えますが
明治初年頃には、寺がかなり荒廃していた様な感じですね。
加茂でみた小さな神宮寺は維持費がかからないので
生き残ったのかもしれませんね。
月読って、なんか浪漫を感じる名前ですよねー

投稿: 路爺 | 2020.03.17 09:40

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