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2020.04.23

【東大阪徘徊/8】石切界隈の神社~2008年の風景

石切界隈の神社をば・・・

東高野街道の石切神社参道入り口
今回は、石切神社はスルーします。
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上の写真、視線をちょいずらすと・・・今もやってるのかな?
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参道、石切駅を越え孔舎衛坂駅跡へ
現在は立ち入り禁止になってます・・・鳥居が見えてるのに残念!!
長い事「日下駅」表記と思ってましたが、正式にはこっちなんですね。
日下って地元の地名なんです。
小さい頃、この駅を通過して奈良へ行った記憶が微かに・・・?
1964年に廃線になってるんで幼稚園に入る前かな?
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少し下って丹波神社、なんで河内に丹波の地名が???
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ともったら人名から来た名前だそうです。
村のために色々と尽くした偉い役人侍だったそうです。
なので、境内が非常に綺麗にされてますね。
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ん?台?遥拝所かな?
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違ってました・・・日露戦争戦役記念碑でしたが
日の文字が意識的に削られているような?
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狛犬は岡崎型、かなり摩耗してますね。
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境内には八幡さんも祀られておりました。
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さらに下ると日下神社があります。
土地の名を冠してる神社だから大きいかな?と思ったら・・・
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宅地と駐車場の挟まれた小さなお社でした。
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でも、しっかり手洗い盆が~
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なんでも古墳の上に鎮座する神社であるとか。
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コメント

丹波と言う土地は京都の京都にとって軍事的にも食糧補給地としても重要な場所だったので、丹波に関係ない土地でも組織の中の重要な役職の家来や用人に「丹波」姓を名乗らせたり、「丹波守」の称号を与えるのが武家社会の習わしだったそうですよ。

投稿: Jun | 2020.04.23 14:11

えーそうなんや!!
毎度、勉強になります!!

投稿: 路爺 | 2020.04.23 14:15

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