【立寄徘徊/4】桜井驛址(島本町桜井)
JR島本駅前に大きな広場があり、多種多様な碑が建ってます。
最初、桜井驛址?って旧国鉄の駅跡かいなぁ~と???
その割にでかいし、色んな碑が建ってる???
説明盤が、あったので読む~ああ、旧街道の驛やったのね!!
ここで楠木父子の別れがあったのね~と分かる。
別の説明盤
平面図・・・なるほど南側に西国街道があるのね。
さらに・・・楠木親子別れの説明
ひときわ大きな碑は、明治天皇御製の碑
その説明盤で、東郷平八郎の書であると・・・
なので宮内庁の銘のある石柱
楠公父子決別之所、これも大きい碑です。
乃木将軍の書とあります。今のこの広場になったのが大正なんですね。
さらに楠木家の家紋の入った碑
こちらは明治9年、渡辺昇書
で、これは???
なるほど!!
片隅に手水鉢???神社でもないのになんで???
もうひとつ、ありますが???
この遺跡、楠公さんい対する信仰の場やったのか!
これは比較的新しい碑ですが・・・
ああ、そうなるのね~
こんなのも・・・木の様ですが・・・???
なるほどね・・・ある意味での記念樹ね。
戦前には銅像があったが、共出されて平成16年に寄贈
滅私奉公・・・って漢字にするとドッキ!としますね。
説明盤
四條畷神社のと意匠が似てますね。
こちらが前出の四條畷神社の父子象
似てるってもんやなくて、同じ意匠やん!?
台座に彫ってある熟語「忠孝両全」が違うのみかな?
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コメント
神戸に所縁ある人ですが、どうも私には楠木正成は馴染みがないですねぇ。
高校時代、日本史の先生が「神戸の三社と言えば、生田神社、湊川神社、長田神社だが、湊川は格が低い。神様やない、人やからな。」と言ったのが印象に残ってるせいでしょうか。
駅跡では山陽道にも残ってます。野磨驛跡が有名だそうですが、兵庫県内には、平城京や平安京を発って山城国から摂津国に入って、摂津の県内には2駅、続いて播磨国に9駅あったとか。須磨も明石も駅があったんですね。
投稿: Jun | 2020.05.14 20:36
楠公さんゆかりの~は実家周りにけっこうあったんですが
具体的な史実にはとんと???
なので、湊川神社へ行った時、なんでここに楠公さんの?
となりまして・・・???
驛址と宿場の違いって???
時代なのかな?・・・というレベルで
こら一度驛址に関してしっかり調べる、訪ねるをやらないと~
投稿: 路爺 | 2020.05.15 15:09