2007.09.15
2007.09.12
おまけの夏旅/佐津・朝ぽた編<3>不明神社(奥佐津)
小学校の山手に鳥居マークがあるんで、急坂を喘いで上ってゆくと赤い屋根の神殿が・・・何をお祀りしてるのか不明ですが、彫り物が見事でした。さらにこの上にも神社があるんですが、そこも祀り神さんがわかりません。
細工が細かいです。
蝙蝠竜? その下の大きな顔は、酒滴神社で見た獣神彫刻と同じ類いものなんでしょうか? この様な彫り物はお初見です。
2007.08.23
三田・篠山徘徊野営付編<19>/おまけ

今回も神社メインに野良徘徊をしましたが、狛犬の意匠が同じ様なものが多かったですが、その中でも「おっ!!」と思えるモノをアップしときます。上:酒滴神社 中;わすれた(^^; 下:蛭子神社(古市)〜コレにて2007年夏旅[完]〜
2007.08.22
2007.08.20
三田・篠山徘徊野営編<8>/扇形拝み台?

三田市街地から北の離れるにつれこの手の扇型の拝み台の奉納が増えてきましたが、この上に立つ? この手前に立つ? どっちなんでしょうかね? 写真は、宿場町古市の蛭子神社。しかし、昔は、たった2里(8キロ)でこうも風習が変わったんでしょうか?
2007.08.18
三田・篠山徘徊野営編<2>/焼失社

これまた以前から気になっていた塩田八幡神社北側の天満神社。入口からして「なんか居そう」な林間丘上の神社。急坂を喘ぎ上ると鳥居とお百度石が迎えてくれましたが、肝心の神社がありません?・・・狛犬さんがぽちんと?・・・どうも燃えたみたいです。5月に見た有高稲荷さんのようにココも不審火で焼失なんでしょうかね。
三田・篠山徘徊野営編<1>/廃社

今年の夏は、フルサイズ野営自走旅。野営道具を積み、自宅から走り出し、自宅に戻るということ何十年ぶりにやってみた。結果、ワシの体もけっこう行けるやんでした。コースは、先日の続きで、まずは三田を巡り、丹波篠山へ。帰路は、猪名川町を経て自宅まで全行程150キロ弱かな? まずは、前回の三田行で気になっていたJR道場近くの田んぼのど真ん中の大歳神社に詣るとすでに神さんはいず、どこに合祀されてしまったのか荒れ果てていました。
2007.08.04
2007.08.03
2007.08.02
2007.08.01
2007.07.31
2007.07.28
2007.07.27
2007.07.03
2007.06.30
2007.06.29
2007.06.27
2007.06.25
三田・木器(こうづき)の狛犬<1>感神社
久々のに全自走フルサイズツーリングに行ってきました。行き場所は、宝塚から峠を越えて三田に入り、そこから山間地へ。くるっと野良ぽたを楽しんで、切畑から宝塚に帰着するという80キロほどのコース。 まずは、三田盆地東端の「感神社」へ。この神社、三田盆地のみに多いようで・・・去年琵琶湖東岸の 神社で見た「湯立ての竈」がありました。ほおお~自宅近辺では初見るやんと、どの神さんをお祀りしてはるんやと・・・春日明神、八幡、八王子・・・大将軍!!・・・なんかすごい神様を一挙に合祀してはるかんじがします ね。 拝殿に覆殿、横からあら?神殿へ入れますやん。ちょっと失礼して拝ましてもらいました。小柄質素でありながら立派な神殿であります。 で、狛犬さんはと見ますと。。。あら、しっぽが巻いてます。こら珍しいとまだ師匠にメール。でで、このあといろんな違ったタイプの狛犬さん登場とあいなります。
2007.06.15
2007.06.02
2007.06.01
2007.05.31
2007.05.30
河内徘徊<2>ご神木

JR八尾駅すぐ東の渋川神社のご神木たちはでかい!! 昭和22年米軍が空撮した写真から考察するとこの神社は、旧大和川の土手すぐのねきにあった思いますね。その証拠に神社が小高い丘状の上に建っています。このご神木、旧大和川の流れを見ていたんでしょうね。あ、大きさ比較はかも氏です。
2007.05.18
2007.05.17
2007.05.16
2007.05.15
2007.05.14
2007.05.11
2007.05.02
山陽網干・飾磨ポタ<4>金太郎飴的な神社群
この地域の神社は、金太郎飴的な神社群でありました。小さいながら威風感のあり、必ず屋台倉を持つ社に、最初は「おおおっ~!!」と感動しておりましたが、2社、3社、4社・・・と回るうちに同じ意匠・構造の神社に区別が付かなり、どれがどれやら状態・・・地元の方に聞くところによりますと、これらの神社は村の「氏神様」を祭った神社で、祭りのときは、大きな神社に宮入するとか・・・まぁ、いえば大きな神社の支店的な神社ってもんかと。
↑かならず能舞台のような拝殿があります。当然、狛犬さんも同規格。
↑横から見た図。一番後ろが神殿。お稲荷さんだろうが、蛭子さんだろうが、恵比寿さんだろうが、皆このパターン。
↑拝殿の飾り瓦は、どこも立派です。
2007.05.01
山陽網干・飾磨ポタ<1>巨大お百度石

山陽網干(今回3度目)〜飾磨をポタってきました。この地域の感想を一言でいうと「神社が、今も昔も元気」ということでしょうか? 大抵の神社のお百度石が、私らの近所のものよりはるかにでかいです。
2007.04.27
大和郡山徘徊<15>戦絵巻

最後にJR大和郡山駅北側に鎮座される住吉神社を。。。拝殿から覗くとこのような状態。実際もっと暗いので何を書いた絵巻がわからず、自宅にて画像処理してみたら下記のような戦絵巻が浮かび上がってきました。どうも日清、日露戦争を描いた絵のようですが、戦闘シーンが妙にリアルです。
検索してみると同じような絵柄のモノが、あちら、こちらの神社に奉納 されているようです。どうも共通の原画があるようで、さらに調べたら東京日々新聞アーカイブにありましたね。旅順方面敦要塞陥落(東京大学法学部附属明治新聞雑誌文庫蔵/日露戦争のさいの旅順攻撃の図。『東京日々新聞』の第一〇〇〇〇号付録。五姓田芳柳画。)だそうです。
徘徊して思ったのが「この町、大正で時間が止まっている」ということでしょうか? 明治維新時に官軍側についていた他の藩同様、明治の遺構がありません。いきなり大正で、続く戦前昭和がないんですよね。
江戸期の商業商店資産を大正で使い尽くしたんでしょうか・・・続く工業企業化時代到来の戦前昭和において行かれたんでしょうか・・・戦後もなく、とうぜん平成もなく朽ちてゆく町なんでしょうか?
今、この町の価値を再考していかないと、「産業商業復興」という謳い文句で、土建行政の餌食になってゆく予感がします。
大和郡山徘徊<14>足縛り狛犬

この町は城下町なんでかな、立派な神社が多いです。神殿が、皆、木造。で、狛犬くんの足縛りのまじない、ここでは靴やスリッパを結びつけてました。なん
かちょっと人の情念がリアルね(^^;
2007.04.19
2007.04.15
広田神社境外摂社・須佐之男神社
阪急夙川と西北の中間あたりにありますが境内にはなんもありません。入り口の石碑には「末社」と・・・? 普通、神社ぐるりを囲む石柱には献納した人の名を刻みますが、ここものは1本ごとに1名、それも下のほうに、申し訳程度に彫ってある???
2007.04.10
2007.02.17
2007.02.15
武庫之荘半ドンポタ/後日なおまけ談

武庫之荘半ドンポタの二日後、芦屋六麓荘下の岩國神社境内にて。安政5年の年号が刻まれてました。大きさは、土台を入れると2M半かな。この神社、古墳が少なくとも二基あった感じで、石室らしき岩がむき出しで残ってました。ちなみに地名は、石の平。
武庫之荘半ドンポタ/ででで、大峯講

親孝行するかっ!!と断崖から吊り下げられて怖かった・・・大峰山参りに行った連中の有名な逸話(私の子供の頃)。役行者像は、大峯講の証だったわけですね。私らが思う以上の信仰パワーやったんでしょうね。
2007.02.14
武庫之荘半ドンポタ/でで、北隣の神社にも

JR立花西の須佐男神社界隈から来迎寺横のこれまた素盞鳴神社。ここにもいてはりました役行者様。ここのお堂にかかっていたのが下で、「役行者神社●蓮」と読める?左の像がもともとあったよう。
2007.02.13
2007.02.12
2007.01.24
2007.01.15
2007.01.12
2007.01.10
尼崎神社巡り<2>松原神社(浜田町)

期待をせずなんとなく立ち寄った神社がよかったりする。ここもそんな一社。拝殿前に門松?しめ縄? 伊丹や宝塚の神社では、同じ位置に白砂を盛ってる所もありましたね。地元の方が、鳥居の外から一礼。。。出るに出られない状況に(^^;
2007.01.09
2007.01.06
2007.01.04
2007.01.03
2007.01.01
元日〜初詣

初詣は、河内一の宮、枚岡神社。日本武尊、大和征伐を起源とする由緒正しい神社。元春日といい、ここより奈良に移し春日大社となる。お参りの帰路、雲がでだしました。飛行機雲も出ているし、天気は下り?
2006.12.23
2006.12.22
2006.12.21
2006.12.20
東京路地<4>駿河台・太田姫稲荷神社の狛犬さん

同じく、同お稲荷さんの狛犬さん。動きがあってよろしいなぁ〜。でも、どこに鎮座してはったんでしょうかね?使っている石が、火成岩系みたいですね。関
西は御影石か、砂岩ですね。
2006.12.19
東京路地<3>駿河台・太田姫稲荷神社

15世紀半ば、江戸の開祖な方の姫君を疱瘡から守る為に伝承に基づき・・・で、屋敷の鬼門においた。で、徳川家康が江戸城を築いたとき、城内にあったこ
の神社を江戸城の鬼門位置にある場所に・・・と由来看板に書かれておりました。江戸の大火、関東大震災、中央線敷設で移動という遍歴をへて、かの地にあ
るとか。下は、寄進者の家紋入りの木看板? 最初、相撲の番付表かと思ったりして・・・(^^;
2006.12.14
2006.12.10
2006.12.08
2006.12.05
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